アルバート・リーという名前を知ったのは高校の時だった。エリック・クラプトンを観に行った寮の連中が「すごいやつがいる」と興奮して話していたからだ。Another Ticketを出した後のクラプトンは良くも悪くもレイドバックしていて少々退屈だったのでよけい印象に残ったのだろうか。
そのアルバート・リー、Just One Nightのクラプトン・バンドにもいたので実は聴いたことはあったのだった。Setting Me Upの歌とギターも良いが、All Our Past Timesが実に良い。たった8小節のソロを交代で弾いているのだが、タメのクラプトンと端正なアルバート・リーが持ち味を出しつつメロディアスにまとめている名演奏だ。
Iridiumという有名ジャズクラブがNYにあると知ったのはちょうど一年前のことだった。その後時々チェックしてたが、アルバート・リーが出ることを知ったのは去年の12月。Iridiumは老舗のジャズクラブでレス・ポールとの縁もあり、ギター系のショーが特徴のようだが、最近Times Squareに移転して観光客相手にぼったくるというビジネスモデルに変わったらしいことがYelpのレビューから読み取れる。
少々気に入らないがそうも言ってられない。昼休みに自転車を駆ってチケットを買いに行った。冬休みのせいか昼間から子供向けのショーをやっていて大いに賑わっている。入ってすぐの壁の窪みでバイトのねえちゃんがチケットを売っているが、電話がどんどんかかってきてなかなか相手をしてもらえない。チケットを買いに足を運んでくるような物好きはあまりいないのだろう。道を聞きに来る観光客の方が多い。
ちゃんと予習しようと思いきや、持っていたはずのHidingがいつの間にかiTunesライブラリから消えている。仕方ないのでEmmylou Harrisとクラプトンでプレイリストを作って当日に備えた。その過程で知ったのだが、ずっと晩年のEverly Brothersのバックをやっていて、最近アコースティックだけでEverly Brothersをカバーしたアルバムを出したらしい。エレキを弾かないアルバート・リーなんて、とも思うが歌もうまいのでそのうち買おう。
以前B.B Kingの店ではけっこう並んで待ったので早めに行くべきかなとは思ったが、寒いので7時の開場に合わせてlulunと現地集合。先に着いたlulunが列なんかないと報告するのでそのへんをぶらぶらしてからドアのところにいくと実は中に行列ができていた。会場は地下なのでみんな階段に並んでいるのだった。でも前には10人ぐらいしかいない。しかもほぼ全員が昔ギター小僧だったに違いないというオッサン。まあそうだろう。
会場に入るとLive at the IridiumのCDを一人一枚渡される。どうせなら一枚は違うやつにしてもらいたいところだがまあ嬉しい。ステージに近い席、ということで案内されたのはステージ正面のテーブルの前から5番目、3mほどの位置。悪くない。この会場は写真も録音も禁止。
座るとコートを回収される。このサービスが有料なのは知っているが、黙って持っていくので知らなければ確かに気分悪い。チップの習慣を知らない観光客相手だからこういう商売の仕方になるのはやむをえない面はあるな。チャージ以外にドリンク2杯分のノルマがあるのでビール(StellaとBrooklyn)、パニーニ、バーガーを注文。お腹すいたのになかなか注文ができなかったのは担当がハズレだったのか。
ステージを見るとドラムス、ベース、キーボードというバックがついているようだ。特に理由もなくソロなのかなと思っていたのでちょっと嬉しい。いや、エレキを弾いてもらわないと困る。ステージにはトレードマークのMusic Manが待機している。
料理に関しては全く期待していなかったのだが、バーガーは意外とまともだ。香ばしいし焼き加減も良く、パンもブリオッシュ系。パニーニは許せる範囲内。
食べている間に8時になり、アルバート・リーが登場。さすがに顔を見ると爺さんだが、元気そうで相変わらず痩せている。さらに驚きなのはバリバリの速弾きだし声も若い頃と変わらない。目を閉じたらとても71歳の演奏とは思えない。バケモノだ。
もしかしてこれでも少しは衰えていて、若かった頃はもっとすごかったのでは、と思って古い動画を探したら1977年にLuxury Linerを演奏しているのがあった。今と全然変わらない。ある意味ちょっと安心だが71になってこのままとは恐れ入る。
バンドはドラムスがいくらか若いが、ベースとキーボードはいい感じに年寄りだ。リズムセクションは堅実でなかなかの腕だし、ちょんまげ(ポニーテールだが頭頂が...)のキーボードも味わい深い。みんな楽しそうなのもよろしい。聴衆も好意的でアルバート・リーも機嫌良さそうだ。
ギターはMusic Man一本でペダル類もなし。曲によってはアンプ(Fender Twin Reverb)をいじることもあるが、基本的に音はギターだけでコントロールしている。
あとになってわかったが、曲目はLive at the Iridiumとほぼ同じ。途中にリチャード・トンプソンの曲をやるといってTear Stained Letterを演奏。ちょっとリチャードっぽい味付けのソロなんか弾いてくれたけど、ほかの客はわかったのかな。lulunはリチャードおじさんの曲だというのも気づかなかったらしい。
途中にスペシャル・ゲスト、と言ってステージに呼んだのはlulunの隣の隣の席にいたおばちゃんだった。ソウルっぽい曲を歌ったのだけどマイクからの距離がアルバート・リーとは全然違うのは仕方ない。
中盤でRunaway Trainの後に「じゃ、別の交通機関を」とLuxury Linerを披露。Hot Bandからジェイムス・バートンが抜けた後にEmmylou Harrisに抜擢され、最初にレコーディングした曲だという。スタジオ盤では持ってる技をこれでもかと出しているが、ここでもバリバリ。
ステージ左側に誰も弾かないキーボードが置いてあると思っていたら、ピアノの曲をやるといってアルバート・リーが座った。弾きだしてから「あ、キー間違えた」「まただぜ」というやりとりがあったのはまあ年寄りらしい。ピアノの腕もなかなかなのでこいつはとても器用なんだな、となんとなく腑に落ちる。なんでも父親が音楽家で7歳でピアノを始めたそうだ。
ラストはもちろん18番のCountry Boy。
アンコールにTear It Upをやって退場。ステージ後は客席の後ろの方でCDにサインしてる。最新作があったらCD買おうかな、と思っていたけど行列ができていた(といっても5人ぐらい)ので面倒だから止めようとしたらlulunが「せっかくだから並んだら、もう機会ないかもしれないし」と言うのでRoad Runnerを買ってサインもらった。柄にもなくミーハーしてしまってちょと恥ずかしいけど嬉しい。
ただギター弾くのが好きでずっとやってきたハッピーな年寄り、という予想通りの印象で、Wikipediaによるとperfect gentlemanで「エゴという言葉を知らない」人だというのも頷ける。元気に続けてほしいものだ。